歴史深い槍と人間の関係。
大変勉強になります。
槍は主に、柄と槍頭の二つの部品で構成される。柄は主に木製で、長さは数十?から長い物では5m以上に及ぶ。槍頭は硬質の刃状で、石製の物から金属製の物まで時代によって異なる。 槍は人類最古の刺突武器である。旧石器時代には既に人類は槍を使用していたことがわかっている。鋭い牙や爪、突進力を有する動物に対するために槍の持つリーチは有効であり、この利点はそのまま対人の兵器としても発展していった。剣や棍棒を持った相手のリーチ外から攻撃する、馬上の相手を攻撃する、盾越しに攻撃するなど、用途は多岐に渡る。その長さ故に取り回しが欠点となるが、集団戦では味方同士でカバーすることにより補われるため、洋の東西を問わずに戦場における主兵装として長らく活躍した武器である。 また、その長さの持つ威圧感から、兵士の象徴的に扱われることがあり、特に衛兵や門番は槍を持った姿が多い。
日本における槍
捕り物道具、薙刀、長巻
日本における槍の一般的な構造は、木製の長い柄の先端に、先を尖らせて刃をつけた金属製の穂(ほ) を挿し込んだもの。
俗説では箱根・竹ノ下の戦いにおいて菊池武重が竹の先に短刀を縛り付けた兵器を発案したとされる。『太平記』などによれば、1,000名の兵で足利直義の率いる陣営3,000名を倒した。 菊池千本槍は、菊池神社で見ることができる。後に進化し、長柄の穂と反対側の端には石突(いしづき)が付けられるようになった。
実際には鎌倉時代後期には実戦で用いられていたと見られる。茨城県那珂市の常福寺蔵の国の重要文化財『紙本著色拾遺古徳伝』(奥書は元亨3年11月12日)には片刃の刃物を柄に装着した槍を持つ雑兵が描かれている。
その後、戦国時代に盛んに用いられた。戦国時代後期には10mにも及ぶ長槍を足軽部隊に配備していた戦国大名もあり、戦場においては、その長大さにより刺突のみならず打撃(集団を形成して打ち下ろす)のための長柄武器としても用いられた。また、合戦時に一番乗りで敵と槍を交えることを一番槍という。
穂の形によって、素槍(すやり)、鎌槍(かまやり)、十文字槍(じゅうもんじやり)など様々な種類がある。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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